ロロノア家の人々

    “桜花の里にて”
 


世界一大きな大陸“レッドライン”と、
赤道をぐるりと巡る“グランドライン”という海域とにより
縦と横とへ二分され、計四つに分断された格好の海のうち、
比較的穏やかとされているのが
“イーストブルー”と呼ばれている海域で。
まま、端っこまで突き進めば
それなりに気候も荒れるだろうし、
嵐もあれば海賊も多少は徘徊してもいるけれど。
東西南北のうちの他の海域に比すれば、
どこか長閑だと言われ続けてもいるらしく。

 それはそれは もしかして

かつて此処から旅立ったとされる男が初代の海賊王となり、
そんな彼が世界中へ宣言した“秘宝”の有り処を巡る騒乱期、
途轍もない艱難をくぐり抜け、
件の秘宝を掴んだことで次の海賊王となった人物もまた、
イーストブルーの出だったことから考慮するに、

 歯が立たなかった顔触れからの、
 せめてもの負け惜しみがばら蒔いた
 ささやかなデマだったのかも知れませぬ。(苦笑)




     ◇◇◇


イーストブルーの中でも結構大きな大陸の、
陸を上がって右左、そのまたちょいと奥向き辺り。
とある山麓の峰への取っ掛かりという山野辺に、
小さな小さな里が これありて。
この大陸には当たり前なこととして、
四つの季節がおおよそ同じほどずつ次々に訪れるため、
風光明媚なその中で、
四季折々の情緒も存分に楽しめる、
なかなかに風情のある土地なれど。
なんのなんの、夏は蒸し暑いし、冬は大雪に悩ませられるし、
もっと便利に暮らせる都会の方が数段いいに決まってるなんて。
ひねくれたことを言って出てった若いのも、

 夢を成就させたなら、そんな誉れの錦を飾りに。
 日々奮闘中ならならで、肩の力を抜くために。

誰しも再び“ただいま”と足を運ぶよな、
そんな暖かい気風の土地でもあって。

 「殊に、雪がほどけて迎える春の最初、
  山ほどの桜が里のあちこちを埋める様は、
  近隣の他所からも、
  見物のお客がたんと訪のうほどだしねぇ。」

先進のあれこれが整った、いわゆる都心にあたろう町からでさえ、
桜花があまりに重なり合ってのこと、
じっと見ていると吸い込まれるよな錯覚さえ覚えるような濃密さで、
山裾の林、竹林の周辺、鎮守の森から川辺から、
どこもかしこも緋白でおおわれる里の風景を、
心ゆくまで眺めたいとする人々が、こぞって お越しになられるもんで。
いつしか、そんなお客を迎える“お祭り”まで開かれるようになったほど。
ああもう、畑を起こさにゃならないし、苗の準備だってあるのにサ。
子供らだって、春には先のガッコへ進学する子もいての、
そりゃあバタバタと忙しい頃合いだってのに。
何でこんなお祭りなんてもんまであんのかねぇ…なんて。
大雪に押し込められてたところから、
いきなり目まぐるしい忙しさに翻弄されるの、
やだねぇ勘弁しておくれなと ついついこぼす女将さんほど、

 「ああほら、何やってんだい。
  遠来のお客さんを待たすんじゃないよっ。」

手際も心得ておいでの、実は一番溌剌と働いていたりするのもお約束。
落ち着いて腰を据えつつ花見が出来るよう、
あちこちの陽だまりには緋毛氈が敷かれたり、床几や縁台が並べられ。
酒肴がお要りようならば…という、縁日風の屋台も立つが、
幕の内やら松花堂やら、本格的なお弁当もおつまみも各種出せるような、
もてなしの用意も皆して手慣れておいで…と。
長閑で静かな片田舎の里が、
年に一度のこの時だけは、そりゃあ華やかに賑わい、沸き立っており。

 「ほら、みおも出ておいで。」
 「早く来いよ。」

ついでというのは何ではあるが、
何なら見物のお客人らにもせいぜい見てってもらいましょうということか。
春の訪のいを言祝ぎつつ、田畑への恵みを土地神様へとお祈りするお祭りも、
満開の桜の下にて催されるのが常であり。
その中には、
早乙女と呼ばれる娘さんたちや、帯上げ前の和子たちがそれぞれに、
可憐だったり愛らしかったりする奉納の舞をご披露する催しも組まれていて。
お稚児に扮する坊ややお嬢ちゃんたちは、
白小袖に緋袴という、
巫女姿となる早乙女の娘さんにちょっとだけ似た恰好。
やはり白地の小袖に、
女の子は赤、男の子は紺の袴を合わせ、
その上へ絽という透ける生地の小桂を羽織るという、
古風で雅びな装いをし。
袖口の端っこに通されて垂らされた五色の組紐が、
覚束ない舞いの端々でふりふりと揺らされるのが、
桜花の緋白を背景に、春の陽向にいや映えてのそれは愛らしく。
どちらのお宅の親御さんも“ウチの子こそが一番可愛い”と、
やに下がってしまわれること請け合いの演目なのだが。

 「お〜い、早くしないと出掛けちまうぞ?」

こちら、ロロノアさんチでも、
二人ほど幼いお子様がおいでなものだから、
お揃いのいで立ちをまとうと
親御に手を引かれて神社まで向かうのが毎年の習い。
うす色の桜がよく映える、そりゃあ綺麗に晴れ渡った空の下へ、
着せる時には やたらともそもそ動いての
お手伝いさんの手を焼かせた坊やのほうが、
勢いよく先に飛び出して来ていて。
そこは女の子でお粧(めか)しは嬉しいか、
着付けの間も、髪へ紅色のおリボンを飾ってもらったおりも、
そりゃあ大人しくしていたお嬢ちゃんが、
どうしたものだか なかなか表へ出て来ない。
白く光る乾いた土の上、
冬場とは比較にならない濃色の陰が躍るのもまた、
暖かい季節の訪れを感じさせるそんな中。
今日は暖かいのでと、
綿入れ半纏は脱いでの桃色のセーターにGパン姿の母上や、
稚児装束という晴れ着姿のお兄ちゃん、お手伝いさんやツタさんを、
玄関先へちょこっとお待たせした娘御はといえば、

 「お待たせで〜すvv」

小さな白足袋に、赤い鼻緒の草履をはいて、
袖の提げ緒に結ばれた小さな鈴を ちりりと鳴らしつつ。
これもまた小さなお手々を、
引いて下されとばかり ちょこりと預けた先が、
ずんと大きな手の持ち主で。

 「あのねあのね、
  みお、お草履だと転ぶかもしれないのって
  お父さんに ゆったのね?//////」

 「……ほほお?」

こちらのお庭にも結構立派なのが咲き誇っている桜にも負けぬ、
そりゃあ愛らしい頬笑みをキラキラと弾けさせ、
そんな甘えたが通ったことへだろ、
素直に嬉しそうなお嬢ちゃんは ともかくとして。
ふ〜んというよな返しをしつつも その実、

 “うう〜〜〜。///////”

今にも吹き出しそうなのを、
そんなことしたらば いろいろな方面へいろいろと悪いかなぁと。
かつての彼にはなかっただろう、
随分と頑張って解釈した上で
これでも平静を保とうと頑張っている奥方だったのへ、

 「なんだ?」

特に動じてもないし、
恥ずかしいのが嵩じた逆ギレで不貞てもないところが、
大物なんだか本気の親ばかさんなんだか。

 『照れ隠しにって ついついしかめっ面をする方が、
  いっそ可愛げがあるのにねぇ』と。

他でもない、鈍感さではゾロと大差無かったはずのルフィに、
しみじみそんなことを言わせたほどの堂々と。
濃草色の小袖に 袖のない黒羽織を合わせ、
一応はお出掛けの装いになった道場主のロロノア=ゾロ氏。
精悍屈強な肢体でおわすその上、
かつてに比べれば落ち着きも増しての、
納まり返っておいでだからこそ、様になっているものの。
自分の腰ほどという背丈の、小さな小さなお嬢さんの手を引いて、
さて参ろうかと歩み出す、余裕のお父さんな姿へと。

 「〜〜〜〜〜。//////」
 「…奥様。」

うんうん、判ってるってばと、
何とか我慢で後ろを向いての肩を震わせ、
うくくくと引きつるように笑った程度へ
ギリギリ堪えたのは、むしろこちらもご立派だったルフィ奥様。

  だってね、あのね?

あんなほのぼのした構図なんてもの、
あのグランドラインの猛者たちに見せたらば。

 『笑うより先、何かの罠かと逃げ出すかも知れねぇぞ』なんて。

そこまで言っちゃう容赦のなさも、
そんなことをさせちゃったほど、
小さな娘御を愛しんでいるご亭主なの、
ルフィの側でも“良かったねぇ”と喜んでいるからこそで。

 「さあ、俺らも神社へ行こうっ。」
 「はいvv」
 「おーっ。」

ほのかに淡い紗がかかって見えなくもない、
甘い瑠璃色の春の空の下。
一つ一つはそれは小さな花たちが、
みっちりと折り重なって織り出す、深みのある練絹の緋白。
視線をぐいぐい吸い寄せるほどという、
蠱惑の妙をたっぷり堪能致しましょうと、
そりゃあ朗らかにお出掛けすることとなった、ご一家なのでありまして。







  だったもんだから、ということか



早乙女たちの舞いを支える神楽が、
素人演奏ながらもそれは厳かに始まったのへと誤魔化して。

 鎮守の森の一角で、
 時ならぬ殺気が垂れ込めたのを、
 知っていたのは ほんの数人のみの内緒ごと。

 「面白れぇ、俺らに歯向かおうってのかよ。」

祭りの賑わいで稼いだ金をそのまま差し出せと、
こちらの神社の宮司へと、筋の通らぬ脅しをかけた流れ者のならず者がおり。
小さな里、それも冬籠もりから目覚めたてという
非力の極みな集落ばかりを次々手にかけて来た極悪な輩。
お役人のほうでも厳重注意をし、見回りを始めたばかりだったという
そんな無法な連中だったらしかったが。
そんな報さえ、まだ届いてなんかいなかった、
小さな山辺の里なんてのは、
彼らには打ってつけの的だったに違いなく。
一見すると樵くずれにも見えるよな、
つぎはぎだらけの傷んだ着物や筒袴に、
どうせそれも盗んだものだろう、
毛並みの悪い毛皮を両肩へまたがせての腰紐で押さえ、
チョッキのようにまとった連中は、
手に手に太刀や匕首を構えた、10人近い頭数。

 「……。」

見るからに蛮にして野卑な賊らを前にして、
適当な、恐らくは古くなった鍬の柄だったのだろう、
灰色に煤けた長い棒を手にした師範だったのへ、

 “…まぁな。
  最近じゃあ、和同一文字も床の間に置いたまんまだし。”

そうと思った奥方を筆頭に、
彼が本身の太刀を提げていなかったのを差し、心から幸いだと思ったは、
他ならぬこちらの陣営だったのが。
今日が初見だった顔触れには何とも難解な理屈だったかも知れないが。
無論の勿論、
物理的な問題として、今此処にないものを言っても…と、
諦め半分にそうと思った者は一人もいない。

 「そんな棒っきれで何しようってんだ、ごら。」
 「里長(さとおさ)や若い衆まで、助けを呼びに行ってもいいんだぜ?」

小馬鹿にしてか、それとも煽ってペースを乱したいものか、
へらへら笑っての挑発的に囃し立てる賊らであったが、

 「……。」

特に腰を落としたりして身構えもせずの、
棒もただ提げているだけというよな持ち方で だらりと提げたまま。
だがだが、立ち姿だけはしゃんと真っ直ぐの強かそうなそれであり。
これが臆しているよに見えるようでは…と、
念のための里側への守り、
森の出口側に立って立ち会いを検分しておいでの奥方が、
この時点でやれやれと肩をすくめたその拍子、

 「 …っ、やろっ!」

手前にいた二人ほどが目配せをし合い、
それが常なのか結構な呼吸の合いようのまま、
どんと地を蹴っての一斉に飛び出すと、
目の前の的へと抜き打ちで斬りつけんとしかかったものの。

 「…え?」
 「あ…。」

まず、両手で鞘と把を掴んだそのまま、
鯉口を切っての抜き放つつもりだった太刀が抜けてない。
思いきりの所作だったものだから、
正に不意打ちでぐんと押さえ込まれた謎の力に
腰という位置の鯉口を押さえ込まれた反動で、
その場ででんぐり返りをしかかったほどで。
たたらを踏んでのあわわと左右へよれて何歩かほど、
見当違いな突進を仕掛かる仲間なのへと、

 「なんだ何だ、お前ら。」
 「振る舞い酒の飲み過ぎか?」

自滅してどうするよと、鼻で嘲笑った二番手が、
だがだが、そちらさんは
立ち位置のその場へそのまま へなへなっと座り込む。
肩の上をとんとんと叩きつつ、
鞘ごと担いでいた太刀がいつの間にか消えており。
最初の二人の鯉口を、
その両端で同時に押さえての振り切ったそのまんま、
持ってかれた棒だったのでと。
ひょいと手を伸べ、新たな得物をもぎ取った、
緑頭の道場師範。
その折に故意にぐるんと太刀を回したもんだから、
こめかみを強かにぶたれた衝撃で、
他愛なくもへたり込んでしまった荒猛者だったのであり。

 「声を立てさせる訳にはいかんのでな。」

何事かとこちらへ気がつき、
客人らや子供らが怯えてしまっては つや消しだからと。
そこまでの説明は堂々とはしょったそのまんま、
小袖の帯近く、重たげな骨太の手で構えた長柄を太刀に見立ててのこと、

  哈っ、と

単なる野盗、力任せでしか強奪行為も出来ない手合いには、
目の前の練達が一体どう動いたのか、何をしたか、
恐らくはその気配すら、見えたり聞こえたりしなかったに違いない。
互いの間にはまだ間合いが空いていたし、
たとえ凄まじい瞬発力で踏み込んで来られたとしても、
得物は所詮、ただの棒だ。
素人の腕で殴られる程度では、
痛くも痒くもない頑丈な石頭ぞろいだと、
妙なところで偉そうに、高をくくっていたものが。

 「…っ?!」
 「ぐあぁっ!」

立ち位置も、その姿や姿勢も、微塵も動かぬままのはずが。
間違いなく謎の男が立っている側から飛んで来た
多大な衝撃にがつごつと打ちのめされての あっと言う間に、
頭の中が真っ白になるほどの重く鋭い痛みに襲われていて。
しかもしかも、全員その身が宙へと吹き飛ばされており。
ほんの刹那の永劫という、個人差のある暇間を経てから、
どさぁっと地べたへ叩きつけられていた面々だったが、

 「あーあー、乱暴な。」
 「問題はないさ。」

意識はなかったんだから、
不自然に下手な受け身を取ったより
よほどのこと打ち身も少なかろうよと。
大地へ叩きつけられての更なる怪我を負ってはなかろということ、
手短に言い訳してからのさてと、

 「稚児舞いに間に合わないのは洒落にならんからな。」
 「こんの親ばかが♪」

ご亭主の言いようへ、うりうりと楽しそうに返したルフィだったのは、
どんなに切れ者となったって、
基本の地は あくまでもそんな素朴純朴なところが、
外でもなくのお気に入りだったから。
そんな微妙な惚気合いをなさっている師範ご夫婦がいるところ、
宮司さんからの伝言聞いて、やっと見つけた門弟の若い衆らが駆けつけて、
後はお任せをと引き受けてくれたので。

 さぁさ、子供らの晴れ姿を見に行こうと、
 これもまた、本気の本気、
 遅刻をしてはなるまいぞとばかり、
 真摯なお顔で奥方の手を取る大剣豪なのへ、
 しょうがねぇなぁという苦笑が絶えぬ、
 実は…今のところは現役の
 “海賊王”でもある奥方だったのを、

  さもありなんと、おだやかに

 可憐な桜が 梢から見下ろしてござったそうですよ。





   〜Fine〜  13.04.04.


  *あまりにお久し振りなので、
   アケボノ村の桜のお祭りがどんなだったかも
   うろ覚えです、すいません。
   ついでに、ゾロの技の名前も、
   “子々孫々(獅子尊々だったかな?)”までしか
   把握し切れてません、ごめんなさい。
   確かこの村の神社に祀ってあるのは
   海から来た龍神様じゃあなかったかとか、
   稚児舞いの奉納は桜のお祭りと一緒だったかなぁとか、
   確かめもせんと書いてるずぼらな奴で。
   それもこれも、駆け足過ぎる桜が罪なんですってば。
(おいおい)

めるふぉ 置きましたvv めーるふぉーむvv

ご感想はこちらへvv

 
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